【学習履歴】特許明細書の「実施例」が教えてくれた大切なこと

人口甘味料について、アスパルテームを軸に理解を深めています。

ニュートラスイート社の特許を自力翻訳するにあたり、スキームの確立を目的としてひとつずつ進めています。自分で立てた仮説をもとに「なぜつまずいたのか?」「なぜそう考えてしまったか?」を意識しながらやっています。時間はかかっているものの手応えも感じています。

まだ途中ですが、今回気が付いたことは自分にとって大事だと思ったので、ブログに残します。

特許明細書の「実施例」が教えてくれた大切なこと

参考:アスパルテームとその誘導体について

アスパルテームは1965年にアメリカの製薬会社サール社が開発しました。現在、対訳素材の出願元であるニュートラスイートはサール社の子会社です。ニュートラスイート社の設立以降、人工甘味料事業はこちらで担うようになりました。

IUPAC名はL-α-アスパルチル-L-フェニルアラニンメチルエステルです。長い名前ですが、構造式を見るとわかりやすいです。

アスパルテームは、アスパラギン酸とフェニルアラニンのメチルエステルが縮合してできたジペプチドです。

◆復習
・ジペプチド…アミノ酸が2こなので「ジ」ペプチド。3個なら「トリ」ペプチド。
・ペプチド結合…アミノ基-NH2とカルボキシル基-COOHとから水1分子が取れて縮合してできる形-CONH-の結合。結合の構造は「アミド結合」と全く同じだが、結合の両端がともにアミノ酸の場合、ペプチド結合と呼ぶ。

このアスパルテーム(以下、APM)を基にして、甘味を有する化合物の研究が盛んに行われました。特に1990年代はフランスや日本を含めた先進国で甘味度や安定性を改善した化合物が複数開発されました。化合物によって導入されている官能基も異なりますし、それによって甘味度や安定性が変わってきます。しかしベースとなるのはAPMであり、そこの基本軸は変わりません。このような化合物を「アスパルテーム誘導体」といいます。

1996年、フランスで出願された特許があります。この発明がその後の技術発展に大きく貢献することとなります。

特表平8-503206(WO94/11391)
出願人:ノフレクロウド
発明の名称:甘味料として有用な新規化合物、およびその製造方法

今回の学習で関連する明細書を複数読みましたが、この特許には甘味料合成の基礎がぎゅっとつまっていると感じました。そして、そもそもの対訳素材であるニュートラスイート社の特許を理解するための大きなヒントも隠れていると。

この特許に書かれている「新規化合物」とは、APMにアルキル基を導入したものです。既存のAPMは安定性が低かったため、安定性の向上が課題として取り上げられていました。

アルキル基を導入すると安定性が向上(半減期が延長)、さらには甘味度も飛躍的にアップすることが見いだされました。様々な種類のアルキル基が有効ですが、ここでは代表例として3,3-ジメチルブチルがあげられています。

赤枠が3,3-ジメチルブチル

ただ、「3,3-ジメチルブチルをつけたい!」といって、ピッと付けられるものではありません。

3,3-ジメチルブチルアルデヒドを用いてAPMと反応させることで、3,3-ジメチルブチルアルデヒドが還元し、そして3,3-ジメチルブチルとしてAPMに付加するのです。

※ちなみに、対訳素材あるニュートラスイート社の特許はこの「3,3-ジメチルブチルアルデヒド」の合成方法についてです

3,3-ジメチルブチルとして付加するときもともとあったアルデヒド基のO(酸素)がサヨナラするので、これは立派な還元反応ですね。

還元反応を経て(APMが)アルキル基をもった化合物になったので、「還元的アルキル化反応」となります。

色々なものが付いているAPMの構造式はごちゃごちゃしていて一見難しそうに見えますが、行われていることはこちらの反応と同じですね。こう見るとシンプルです。

実施例が読めない

こちらの特許の後半、「実施例」を通して学んだことをまとめます。

今回、複数の特許を読んである程度の流れは理解できたと思っていました。なので、実施例も読めるだろうと。

しかし、私はここでつまずきました。

「具体的なイメージがわかない……」

そう思った部分を3つ、「なぜわからなかったのか」と合わせて取り上げてみたいと思います。

まず、実施例を抜粋します。下線部分が今回取り上げる3つの部分です。(3色あります)

◆減圧濃縮

明細書内:「反応混合物を減圧下に濃縮した後」

→圧力を下げて濃縮(水分を飛ばす)するのはわかるけど、イラストで書けって言われるとできない。具体的にどんなモノを使って、どんな風にやってるの?

答え:

ラボレベルだと……

工業レベルだと……

※YouTubeに同製品の動画あり
真空蒸発(濃縮)装置「エバポール」

これは割とすんなり解決しました。関連する動画があるのは本当に有難いです。

◆有機層を「洗う」

明細書内:「有機層を5%クエン酸水溶液30mlで2回、5%炭酸水素ナトリウム水溶液30mlで2回及び水30mlで洗浄した」

→水溶液の詳細は一旦置いておいて。「洗浄した」って?有機層って、固体なの??え、でも最後の成果物は「油状物」とも書いてある。これを見てもやっぱり有機層は液体のはず。洗うってどういうこと?全くイメージがわかない。

なぜイメージがわかなかったのか。それは、私の中で「洗う」ってこういうイメージだからです。

そうです。どれも「液体で固体を洗う」のです。しかも大量の水を使ってジャブジャブと。

液体を液体で「洗う」なんてシーンは一度も見たことありません。水で油が洗えるか?いや無理だ。

うーん。もう一度自分で想像してみました。文を読みながら。

「洗うために使う液体の容量は30mlか……。少ないな。いくらラボレベルの実験でも、こんなに少ない液体では何も洗えないよな。何でこんなに少ないのだろう。こんなに少ない液体でも洗える方法って何だろう」

私の中の「洗う」とはきっと違う。ここまではわかったのですが、その先はいくら考えてもわかりませんでした。

ネットで検索。

答え:

有機相には、本来、水に解けやすい(極性の大きい)物質は解けていないことになっていますが、実際は難溶なだけなので微量に解け残っていたりします。そこに、飽和食塩水を加えて撹拌すると、水溶性の成分が水相に抽出されるため、有機相の不純物が取り除かれます。こうして有機相の水溶性成分を取り除くことを洗うと表現します。

Yahoo!知恵袋 有機化学の実験で有機層を洗うってどういうこと?

層と相が違うのはここでは一旦置いておいて。

そ……そうだったのか!知らなかった。これを「洗う」と言うのか。なるほど。。。

当業者の間では恐らく常識でしょう。

Yahoo!知恵袋だけでは心もとないので他にも色々調べ、飽和食塩水で洗うパターン、酸性物質で洗うパターンなど、どう使い分けるのかを確認。

化学の知識に加えて、業界での表現も合わせて覚えていかないといけません。こればっかりはテキストだけだと当然限界がありますね。明細書、専門書を読み進めて、より多くの言葉に出合わないとと感じた出来事でした。

◆乾燥させる前も後も「液体」

明細書内:「有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥後」

→「硫酸マグネシウム」「乾燥」という文字を見た私の頭の中に真っ先に浮かんだもの。これ↓

そこでまたイメージ不可能ゾーンへ。「だから、有機層って液体でしょ?この器具だと乾燥できなくない?しかも乾燥が終わった後の最終成果物も液体(油状物と書いてある)じゃない。うーん。全然イメージわかない」

答え:

無水硫酸マグネシウムを有機層(液体)の中に入れると、有機層にわずかに残っている水分を吸収して、結晶水として取り出すことができる。

下記動画のキャプチャ

こちらの動画は大変分かりやすかったです。

分液漏斗の使用法 -有機化合物の抽出方法-

これらのイメージが明確になります
・有機層・水層
・無水硫化水素を使用した乾燥

今回感じた課題

今回実感したこと。それは、

イメージは、過去に自分が見たものからしか出てこない

そして、今目指している方向を考えると、「見たもの」「知っているもの」がまだまだ少なすぎる。本当に。

一瞬でもいいのです。1ミリでも過去に触れていれば脳の底から引っ張り出せるかもしれません。けれども、過去の経験が0なのであれば「全く想像がつかない」ということになるのだなと。

そこから探せば見つかることも多いですが、その都度時間がかかってしまうなと。

これがわかりました。

今後の対策

やはり引き出しを増やし中身を埋めていく以外にない。そう感じました。

それを効率的に実現させるために工夫は必要です。(例えば、自分はどういった順番でどのようなツールを使えば理解が加速するか、当然わかっていること)

ですが、やはりコアとなる部分は地道な積み重ねしかないと思いました。

そのためにも、学習中に触れるもの全てを「自分の足らず発見器」としてフル活用すること。違和感は放置しないこと。「なぜそう思ったのか?」と自分の思考を客観視すること。

それにプラスして、記録していくこと。

非常に地味な対策ですが、コツコツと積み重ねて知識と理解を深めていく他ないですね。

補足:明細書の役割が変わった今回の学習

明細書は今までに100件以上読んできました。しかし、今回は新たな発見がありました。なぜ今までにない発見があったのでしょう。その理由は、今回の読み方が初めてだったのです。

簡単に書きます。

~今まで~
軸となる技術:わかっている。どこがポイントになるか事前に知った上で検索しているから。
キーワード:変わる。1つにつき1~2件。翌日にはまた違うキーワードのものを読んでいる。

~今回~
軸となる技術:知らない。出願者は何を伝えたいのか、それが何の役に立つのか見えていないところからスタート。
キーワード:同じ。1つのものに対して複数を重ね合わせてヒントを得ていく感じ。

今までの読み方はこうでした。岡野の化学や橋元の物理で学習した項目からキーワードをひろって特許を検索。ポイントとなる技術がわかった上で、「ほうほう、こう使われているのか」「本当だ、ここにも使われている」という確認のような役割でした。

今回は、まず入り口から自分で探す流れです。原文を読み、「キーワードはこれかな」と仮説。そしてそこから、1本の「串」に引っかかるような同じカテゴリのものを集中して読みます。同じ場所で知識を上塗りするような感じです。

※イメージ的にはこんな感じです。

考えてみれば、1つのキーワードから同じ分野のものをこれだけの数集中して読んだのは初めてでした。そして、そこから「何か」をつかみ取らねばとこんなに必死になったのも、恥ずかしながら初めてでした。

少しの「共通点」が見えれば、「違うところは何なんだろう」と逆から見てみる。さっき読んだ類似特許と比較してどの部分がすごいのだろうと。

このような視点で特許を読むと、一歩、いやかなり深いところまで読める(読もうとする)のがわかりました。

明細書に対する意識が変わりました。

きっと、実ジョブはこのやり方が必要になってくるのだと思います。

とはいえ基礎知識は必要。今回も、なが~い化合物名称が呪文に見えたとき、添付されている構造式と照らし合わせながら名称を分解している自分がいました。そして、還元やエステル化など基礎的な反応を追うことによって、「なぜここで水素がいるのか」「なぜそこが置換されるのか」ということがわかりました。

特許レベルとなると難しい内容もたくさんありますが、よくよく見てみると、岡野の化学シリーズでやった基本を少しだけ進化させたものということがわかります。何度も書いていますが、やはり基礎は大事ですね。

引き続き頑張ります。